画面加工

こういうエフェクトはコミスタは不得意なので フォトショで閃光トーンをガウス移動フィルタで処理してペースト

gausu

色域選択黒を選び作った選択範囲にグラデトーン
gaugau

文字の処理 十二点対称定規ツール 竹ペンツールを使って ルーン文字っぽいのを描く
taisyou

反転処理 ぼかし加工したら いまいちだったのでやめる
ruuu

画面のパースにあわせて 自由変形で加工 こんなかんじにしてみました
mojimoji

ムスリムとオタク文化

マンガと国際交流について ちょっと書いてみます
たまに不定期で ロンドンで漫画のワークショップのお手伝いをしています
今まで イギリス 中国 イタリア アメリカ トルコ バングラデシュ系移民 サウジアラビア
アラブ首長国連邦 などのお子さんや大人の方に来ていただきました
プライベートだと交通費事情などもあってかなり単価が高いので、漫画にお金をだせるのは
かなり余裕のある家庭の子が多いです

トルコの子は 歴史マニアで日本の武具コレクションを持っていて城跡マニアで
四コマを描いてもらったら ドイツ空軍機ネタを描いてくれました

バングラデシュ系のロンドンっ子たちは ネットでアニメや漫画を見ていて
上手な子は 日本の小学生くらい描きこなしていました

サウジアラビア イラン系アメリカ人のお子さんたちは親日のお嬢様で ホリデイでロンドンに
きている間に体験したいということでした

キャラ絵を描くというところまでの子が多いので 回数があれば ネームとかストリーテーリングを
してもらうともっと面白いのですが 予算的に難しいところです

過激思想者の報道が目立ちますが 当たり前ですけど穏健に暮らしている人が圧倒的多数なんですよね

イラン系の親戚は ぜんぜんイスラム教信じてなくて キリスト教徒になったり 子供にギリシャ神話の
名前をつけたりです。
革命以前は西洋よりの国でフランス宮廷文化の影響の名残があって メルシーとかフランス語が残っていたりするそうです

弾丸

dantou

dangandayuo

小物3Dから消失点をとると、やりやすい

*読書


文春ビジュアル文庫のグルメシリーズをこよいなく愛しているんだけど
里見真三氏死去後 続刊がなさそうなのがかなしい
こんな贅沢いわないので 日本の回転ずしでもいいから食べたい・・


京都観光の片手に楽しい本

今年は

今年は死別が多かったですが 絵がたくさんかけたことは非常に満足でした
来年無事 BABYが生まれれば忙しくなりそうですが 基本無理しない
楽できるところは楽する 不必要に頑張らないってとこですね
半年でできるかちょっとわからないですが来年中には今描いている
漫画を終わらせたいです

読書


再読。 フロイト理論に基づいているところは今となっては全部眉唾なんですが
山風の男性周期律の載っている、あまとりあをもっていたりします

クラフトエービングからの引用が多かったので そっちも買ってみました
戦前の精神医学はドイツからの影響が大だったので そういう名残がありますね

読書 甦るチューリング アランチューリング伝

去年 カンバーチ主演の映画化で話題になった 悲劇の科学者 アランチューリング
実は映画になる前 マンガにしようと思って資料あつめしていたんですが 
体調が悪くて果たせませんでした
カンバーチでなければ日本公開になったかわかりませんが

alan
絵柄を試行錯誤していたなあ・・・
簡単な絵柄にしたら描けると思ったらそうでもなく むしろリアルな方が
資料があるんで楽だったりして・・・


これの英語版を頑張って読みました  映画化で邦訳がでましたが・・

何と海外漫画版もでているらしい イタリア人の作家らしいですねー ナンデ?

この本を読んで プロット作成のために略歴をテキストにまとめたものがあるのでおいておきます

アランチューリングは一般に第二次世界大戦中、ドイツ軍の暗号
エニグマを解読するためにイギリス軍情報部で活躍した数学者と
して知られている。
彼はまた、チューリングマシンを開発し、コンピューター発明の
先駆けとなる理論を構築し、コンピューターの父として知られて
いる。

アランチューリング インド帝国の文官である 父ジョン と母エソゥ の間に生まれる。
長旅の途中で知り合った二人は恋に落ち、1907年ダブリンで結婚した。

アランは1912年 ロンドン パディントンの産院で生をさずかる。

インドは子供たちの養育には過酷すぎると、チューリング夫妻は
彼を兄のジョンととともにドーバー海峡近くの退役軍人家庭に預けた。

時々夫妻は帰国して息子たちをバカンスへ連れて行った。

1922年 十歳の時に与えられた初めての科学の本に彼は強い興味を示した。
「子供が知っているべきな自然の驚異について」

「肉体は機械である」 ほか説明

1912年アメリカで書かれた本でごく婉曲的に書かれた性の事象も
含め、著者ブリュスターは 人間の肉体を機能的に説明した。

この本に彼は強い興味を示した。

いつの日か、母はアランが活発で腕白な子供から、
内向的で夢想的な少年に育っていることに気づくことになった。

192×年 ショルボーンのパブリックスクールに彼は入学した。

身なりに構わずマイペースなアランに教師たちは手を焼いていた。

思春期を迎え、彼は自分の持つ性的趣向を自覚することになる。

また、彼は肉体的にも強靭で、趣味はランニングだった。

一学年上のモロコムとアランは仲良くなった。

モロコムとの出会いと別れは彼の人生における大きな転機であった。

モロコムは優秀な若者だったが、いたずら好きのふざけた面もあった。

家族ぐるみで交流も始まり、アランは時々モロコムと夜映画に出かけた。

アランのモロコムによせる好意は、通常の友情のそれではなかった。

ある日、彼はモロコムが、自分と同種の人間なのかためそうとした。

拒絶する モロコム

ひとり沈むアラン

二人は科学研究において国内一のケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの入学を目指した。

「入学するならケンブリッジだよ」

結果はモロコムは合格、アランは不合格だった。

モロコムはアランをなぐさめる手紙をやりとりしている。

しかし、まだ若く望み多いモロコムには悲しい運命が待ち受けていた。

彼は幼いころの事故がもとで、肺結核に犯されていた。

二人は最後に出合った時、プレゼントを交換しあった。

「また会えるよね?」
笑って手をふる モロコム。

 モロコムの容態は急変し、手術のかいなく死亡した。

チューリングがモロコムの母にあてた手紙が今も現存している。
その中で、彼はこう書いている。

「モルコムにはいつか会える気がします。自分には彼と一緒にやるべきことが残っているのです。
彼がまだ生きているみたいに、自分の仕事に多くのエネルギーを注ぐつもりです。
モルコムはそれを望んでいるでしょう」

彼は続けて自身の科学感をについて語りながら、こう綴っている。

「身体は魂をひきつけ、とらえていますが、
肉体が死によってその「機能」を失うと、
その魂は飛び去り、すぐに新しい肉体を見つけるでしょう」

この考えはインド宗教におけるリーインカネーションにも似ている。

1950年代に彼が発表した文章に拠れば、彼は
科学においてのけ者扱いの超常現象的事象に
強く興味を抱いていたと考えられている。

1930年代のケンブリッジ大学キングスカレッジで彼は学んだ。
閉鎖的な男女別学のキングスカレッジ学内においては、
同性愛は外の世界よりずっと容認されていた。

ケンブリッジにおける高レベルな授業を学び、彼は
22歳の時計算理論を発表する。これは彼が初めて考えた
ものではないが、1936年論文誌に掲載された。

彼はアメリカのブリンストン高級研究所のチャーチ教授のところに数年留学する。

1938年 彼はキングスカレッジに戻り、哲学者ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
の講義も受講している。

しかし、世界の情勢はアランのような才能が象牙の塔のみにとどまることを許さなかったのである。

1939年 イギリスはポーランドに侵攻したドイツに宣戦布告した。

同年 ブレッチリィパークに 暗号解読部が創設され、
イギリストップレベルの数学者・古典文学者・数千人もの婦人部隊隊員が
召集された。 彼ら彼女らの目的はドイツ軍の暗号解読であった。

なぜ暗号学校に数千人の女性たちが集められたのか。
暗号解読には、数学の才能を持つ若い女性が集められ、
彼女たちが暗号解読データを記録収集を担当していたのだ。
彼らの活動コードネーム「ULTRA」については70年代以降徐々に
情報公開が進んでいる。

ドイツ軍の暗号エニグマ。これを解読するためのマシンが
「チューリング・ボンベ」である。このマシンはチューリングや同僚の
ゴードン・ウェルチマンらによって開発された。
このマシンに日夜つきっきりで操作・記録を続けたのがたくさんの女性たちである。
二十四時間三交代、終戦時には約二百台のボンベが作動していたという。

ブレッチレイ・パークで働いていた一万人の人々は、この暗号解読の秘密を
家族にも黙し、三十年間秘密を守り続けた。その中には007のスパイ小説で
知られる、イアン・フレミングの名もある。

暗号解読の秘密を保持するということは、つまり、彼らが戦争において
貢献した役割を第三者は何も知らないということでもある。
チューリングやその仲間が果たした英雄的役割は、後年まで限られた
者しか知らなかった。

アランはブレッチリィパークにおいて、奇行で知られていた。
花粉症対策にガスボンベを付けて職務質問されたり、
貴重品をリスのように地面に埋めて隠していた。

1945年5月ドイツ降伏により、エニグマ暗号解読の仕事は終わった。

チューリングはコンピューターACEの設計に携わる。

彼の理論はしばしば、趣味のランニングにいそしみながら、
考案されたものである。

チューリングはマンチェスター大学に赴任した。
ここで彼はMARKⅡを操作して、研究した。

マンチェスターの同性愛者が集まる盛り場で、彼は相手を探していた。
彼はアバンチュールを求め、ギリシャやノルウェーにも出かけたりしていた。
彼と金のために関係したと酒場でしゃべった若者の話を聞いた別の男が
彼の家に侵入し盗みを働いた。
警察の取り調べに彼は早々と自分の同性愛を認めた。
事件は新聞で報道され家族や同僚も知るところになった。

沢山の若者たちは戦争にかりだされた。
同性愛者たちは社会から逸脱した有害な存在とみなされ、
国家の懸念であるとみなされたのだ。

彼は一年間のホルモン治療を選択した。
当時、ドイツの医学者フレドリック・ゴラが発表した
論文に基づき、女性ホルモンの摂取が性的逸脱者の
リビドーを抑制すると考えられていたためだ。

1954年、7/7 チューリングはwilmslowの彼の家で、
家政婦により死亡しているのを発見された。

彼の死因は青酸カリ中毒であった。彼の傍らには
半分たいらげられた、かじりかけのリンゴが転がっていた。
彼の死は自殺とされているが、近親者は事故と主張した。
(*2012年、彼の死が事故死であるという新説が発表されている)

彼は戦後も暗号解読について政府と関係があり、戦後の彼の暗号
解読についての仕事の詳細はまだ完全には明らかになっていない。
彼の死はいまだ謎(エニグマ)に包まれている。

魂が肉体のくびきをはなれたあとで
この世を去ったチューリングの魂は、モロコムと再びめぐり会うことができただろうか・・・。

チューリングの関係で 謀略戦と イギリスのゲイパージについて調べていたのが
今年描いた漫画の着想のきっかけになったのかもとおもえば 無駄でなかったのかも・・・

ちなみに映画は 脚色がおおいとのことで まだ観ていません

ピーターラビットの野帳

昔 図書館で読んで感銘を受けた本です
とにかくキノコの水彩画が微細で美しい

真似てみようと 前にキノコ観察をしていたときがあります
アニマルトレッキングやフィールドワークをしたり
都会暮らしになってから だいぶ縁遠くなっているのですが

ファンタジーは自然観察から生まれるという思想があるとおもいます
今描いているのは いちおう北欧神話ものなんですが
衣装などにビクトリア朝がすこし入っているのはポターの影響です


特にこの性格の悪い栗鼠の話がすきです
こりないところがいいですね


うさぎつながりでこういう絵本も思い出しました

閑話休題

十月からこっちつらかった・・・ 
割り切って休むのも一つの方法だと思うんですが
途中でまた描けなくなっておわるのがこわいので
ちょっとずつでも進みたいという感じでやってます

syucyu

わんわんわん

inudabe

手間がかかる わんわん


勉強のため買ってみた しゅーかんアクションがおっぱい漫画だらけだった時期に
載っていたので すごく浮いていた記憶がある(そのあとウェブ連載になったような。。。)

狼の王の死がまるで 近代による自然の征服を象徴するかのようで 読後とても悲しくなる
作中毒に使う ストリキーネは 日本でも明治以後狼狩りのため 毒餌に使われた
悪名高い さいたま愛犬家連続殺人で使われたのもこれだったそうな(獣医から不正に横流しされた)

余談だけど 猛獣を生け捕るのに麻酔銃を使うのも結構難しいそうだ
麻酔過多だとそのまま死んでしまったり 熟練した獣医でないとなかなかうまくいかないとか